2006年度の教育研究集会が開催されました。教育基本法の国会審議が山場をむかえる中、全体集会では教育基本法の改悪を許さないたちばから特別アピールを採択しました。



       教育基本法「改正」を許さず、憲法と教育基本法に基づく教育をすすめましょう


                   2006年度長野県教育研究集会 全体会特別アピール

  私たちが培ってきた重要な教育論議の場である県教研を迎え、ここに集うすべての皆さんとともに広く県民のみなさんに訴えます。
  教育基本法「改正」法案が、来週にも衆議院で採決され、今臨時国会で成立かと報道されています。しかし、いじめによる自殺という痛ましい事件、必履修科目の未履修問題など文部科学省や教育委員会のあり方、学習指導要領や大学入試の問題など教育のあり方を問う議論は先送りされています。都立学校における日の丸・君が代の強制を違法とした9月21日の東京地裁判決は現行の教育基本法と憲法の意義を鮮やかに示しましたが、安倍首相は「東京都は適切に判断し対処している」と語るのみです。また、タウンミーティングにおけるいわゆる「やらせ質問」が発覚し、教育基本法「改正」推進派の人々が国民を信頼せず民主主義をないがしろにしていることが明らかになりました。教育をめぐる国民的な議論が求められているにもかかわらず、政府・与党はいま教育基本法を変えなければならない理由を明確に語らないまま、国会でのわずか数十時間の貧弱な議論で教育基本法を変えようとしています。
 教育基本法は、戦前の国家主義的な教育への痛切な反省のもと、民主的で文化的な国家を建設し、世界の平和と人類の福祉に貢献するという憲法の理念に立脚し、前文において「この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」としました。第1条は教育の目的を「人格の完成」と定め、第10条では、教育行政が教育に不当な介入をすることを厳しく戒め、その役割を教育条件整備に限定しています。同じく第10条の、教育は「国民全体に直接に責任を負つて行われるべきものである」という規定は、教員を「全体の奉仕者」と定めた第6条2項とあいまって、何よりも目の前の生徒に向き合い、国家のためではなく生徒たちのために教育実践を積み重ねることを要請し、自主研修を促しまた保障してきました。
 しかし、「改正」法案ではこれらの文言が削除される一方で、国や教育行政が「教育振興基本計画」を定めるとして、時の政府が思い通りの教育内容や教育条件を国民に押しつけることが可能となっています。そして、その教育内容は新たに設けられた「教育の目標」に掲げる「我が国と郷土を愛する」態度をはじめ国家が定める数々の徳目を子どもたちに教え込むことにほかなりません。教員については「研究と修養」「養成と研修」が強調され、養成段階にまで踏み込んで官製研修が強められることが予想されます。安倍政権が教育再生会議を通じて行おうとする「教育改革」を推進するため、「教育改革」への疑問や抵抗を許さない状況をつくり、権力に対し忠実な教員づくり、時の政府に対して従順な国民づくりが行われようとしています。
  改正「法案」は、将来の民主的な社会の担い手として子どもたちを尊重し、大切に育てようとする現行法とはまったく異なります。「改正」によって教育の世界は一変し、現在生じている教育をめぐる諸問題をいっそう深刻にしてしまいます。この夏行われた東京大学の調査によれば公立小中学校長の66%が教育基本法を変えることに反対しています。新聞各紙も「改正を急ぐべきではない」という内容の主張を展開しています。毎週、全国各地で大規模な「改正」反対の集会が開催されています。ここ長野でも「教育基本法を活かす県民ネットワーク」により、11月19日長野市において「教育基本法改悪反対!11.19県民大集会」が計画されています。この集会にこぞって参加して「改正」を許さない大きな声を長野県から発信しましょう。
  私たちは、現行の教育基本法の理念こそ現代世界において生かされるべきであると考えます。現行法の理念を生かし、子どもたちの願いに耳を傾け、教職員と保護者と地域の人々がともに「開かれた学校づくり」を進めることが、現在の教育をめぐる困難の解決に向けて展望を開くはずです。ここに集うすべてのみなさんと教育にたずさわるすべての人々、教育に関心を寄せるすべての人々によびかけます。私たちはいま改めて現行法を守り、憲法と教育基本法にもとづく教育を目指そうではありませんか。以上を本教育研究集会全体会の特別アピールといたします。

               2006年11月11日    2006年度長野県教育研究集会 全体会